2020年までにスポーツを新たな産業の担い手にするためのブログ

日本のスポーツ界を発展させていきたい。そのためにはどうしたら良いのかを色々な角度から検証してみたい。

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習い事化するスポーツ

最近様々なスポーツ関係者から良く聞く共通の認識があります。それは「習い事化するスポーツ」という現象です。

ようするに、スポーツを子供にやらせることが、英語やピアノと同列の「習い事」になっているという事です。

そもそも子供はなぜスポーツをするのか?答えは単純に「楽しいから」だと思います。精神を鍛えたいから、体力を付けたいから、痩せたいからという理由でスポーツをする子供はいないはずです。

「楽しいスポーツ」というのは本来、自然発生的に、子供たちが集まって勝手に行われるものであるような気がします。そこに「子供」と「道具」と「場所」と「時間」があって、チームが勝手に決まって、ルールが勝手に作られ、勝手にゲームが始まる。そんな環境が今失われているのではないでしょうか?

月曜日は英語、火曜日はスイミング、水曜日はサッカー教室、木曜日は工作教室、金曜日はピアノ、という様な幼稚園生も珍しくないようです。文武両道、色々と経験出来て良いですね。でも、何だか違和感があるのは私だけでしょうか?

この様な環境下、「子供」が自然と集まる環境が少なくなり、子供に「時間」が与えられず、特に都会では安全に遊ぶ事の出来る「場所」も限られてきてしまっています。(「安全」の定義も難しいです。どこまでの安全を子供に提供できれば安全なのか?何をもって「危険」というのかは親によって違います)

ということはスポーツをやる環境を大人が作り出してあげなくてはならなくなってしまったのです。そしてスポーツが「習い事」の一つになっていってしまうのです。火曜日の15時からサッカー習いに行く、というように。

サッカー教室。「はい、じゃあ、あのコーンまでドリブルして戻って来て!」とコーチが大声で指示しています。子供たちは指示に従い次々とドリルをこなしていきます。子供たちは確かに体を動かして息もあがっています。しかし、これは、時間も、ルールも、スペースも、やる事も全部大人が作り出したものです。

「習い事」とは技術や知識を習得する場です。確かにスポーツをするには技術が必要です。ですので、ある程度の技術を習う必要はあります。ただ、スポーツにおいてはその技術を試合で発揮する事に面白みがあるのであって、技術そのものを習得する事が目的ではないような気がします。

(つづく)
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テーマ:スポーツビジネス&スポーツ文化 - ジャンル:スポーツ

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