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2020年までにスポーツを新たな産業の担い手にするためのブログ

日本のスポーツ界を発展させていきたい。そのためにはどうしたら良いのかを色々な角度から検証してみたい。

なぜアメリカに渡ったか(3)

そんなかんだで2年間アメリカで過ごすことになりました。ここで私はアメリカのスポーツ文化に触れたのです。ここでの経験が私のスポーツに対する考え方の原点になっているのではないでしょうか。

スポーツのシーズン制

これに関しては後日じっくりと書きたいと思いますので、とりあえず私が経験したことだけをここで書きます。(1980年代後半で僕が通っていたニュージャージー州の中学校でのお話ということを前提に読んで下さい。現状では変わってるかもしれませんし、地域間でも違うかもしれません。また、記憶が間違っている可能性もありますのでご了承下さい。)まず、学校に運動部がないのです。そのスポーツのシーズンが来ると募集がかかって(募集の方法はどんなだったか、ちょっと記憶に無いのですが・・・)応募するとコーチの人から電話がかかって来て、練習開始。そしてすぐに試合をしました。私は野球はもちろん、秋はサッカー、冬はレスリングをやりました。野球とサッカーに関しては勝手に地域の人がチーム分けをしていて、週2回くらい練習して、日曜日試合という感じでした。そしてシーズンが終わったらチームは解散です。このシステムに関しては日本と全く違い、自分にとっては本当に良い経験でした。また、日本のスポーツを考える上でも身をもってこのシステムを体験したことは本当に意義のあることでした。

野球のキャンプ

夏休みに3週間、親元を離れ、野球のキャンプに参加しました。小学校3年生から中学校3年生くらいの日本人の子が集まってたと思います。そんな長期で親元を離れるのは初めてです。しかも僕は選手の中でも2番目くらいに年上でした。山小屋みたいなところに、みんなでビーチにある折りたためるベッドみたいなやつを並べて、そこに寝袋をしいての生活です。狸が部屋に入ってきてめちゃくちゃにしたりとかいう事件もありました。昼間は練習して、夜はキャンプファイヤーをしたりとか、本当に楽しかったです。やっぱり子供同士ですから、ケンカをしたりとか、ホームシックになったやつを励ましたりとか、中には日本語をほとんど話せない子や、逆に英語が出来ない子がいたりと、本当に色々な事がありました。バスで遠征に行ったりもしました。僕はキャッチャ(?!)をしていたのですが、どうしてもストライクを取ってくれないことがあって、子供心にこれは差別だ!!(日本人のチーム対アメリカ人のチームで審判はアメリカ人)と激怒して帰りのバスの中で泣きながら帰ってきた事もありました。隣にはピッチャーの子が黙って座っててくれました。あの時の悔しさは今でも昨日のことのように覚えています。

スポーツ以外でも、旅行に行ったり、僕はアメリカ生活を満喫していました。これらの経験を通して、いつかはアメリカに帰りたいという思いが心にあった事は確かです。

続く

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